大阪、吹田、豊津、千里、北千里、江坂、東淀川区、出口町のとよつ歯科・矯正歯科です。

電話番号 06-6330-1111

ドクター紹介

気比洋彰
誕生日 11月17日
血液型 A型
星座
動物占い
趣味、好きなもの 歯科治療全般、釣り

気比洋彰

院長、気比 洋彰(きび ひろあき)

吹田市『とよつ歯科・矯正歯科』の院長、気比洋彰です。
お口の中に悩みをかかえた時、皆さんまわりには、数多くの歯科医院があることと思います。
でもどの歯医者に行ったらいいのか、判断基準があまりありません。

おそるおそる医院に入り、不安な中、口を開けてみて・・・言いたいことも言えない
その上、良い治療なのかそうでないか、その場ではわからない。
自分にあった医院かどうかは運任せ。そんな感じではないでしょうか?

わたしたち、『とよつ歯科・矯正歯科』のチームメンバーは、『全員』が明るく・楽しく・元気をモットーに、誠意ある対応とコミュニケーションをし、優しい笑顔、落ち着けて癒しのある雰囲気を提供できるよう心がけております。

そして最新の医療設備を整え、患者様に合った治療内容を分かり易くご説明し、納得していただいた上で診療を行います。

また、患者様がお話ししにくいことなどプライバシーに配慮した個室での診療を行い、バリアフリー・お子様が走って行きたくなるようなキッズルーム・ベビーベッド等も完備してありますので、お子様連れ・車椅子の方でも安心して来院していただけます。
お子様だけでなく妊婦さんから高齢者の方々まで、生涯にわたり 「クオリティの高い治療と予防」を 信念に皆さまのお口の健康をサポートできる歯科医院を目指しております。

ぜひ地域の皆さまに愛される歯科医院になれるよう、チームメンバー共々頑張りますのでよろしくお願いします。

院長 気比洋彰とは

経歴
平成10 朝日大学歯学部歯学科入学
平成15 アラバマ大学 University of Alabama at Birmingham 歯学部留学
平成16 医療法人社団 カノミ矯正・小児歯科クリニック
平成18年 大阪の大型矯正専門医院にて副院長として勤務
平成19 大阪府 まとば歯科医院
現在も兵庫県、大阪、京都の歯科医院に矯正専属医として勤務
参加セミナー
インビザラインクリニカルコース修了先ほどインビザラインが従来の歯にくっつけるブラケット治療より審美的に優れた面も多いですが、まだまだ未開発の部分が多く、矯正治療に用いる場合の診断に繊細な考慮が必要ということを学びました。

平成16年(2004)

LDAミーティングに参加

患者様に医院のことや治療内容についてより理解をしてもらえるようにプレゼンテーションなどの方法に特化したセミナーになります。
平成18年(2006)

I・S・Aセミナー参加

ミニインプラントという、小さなチタン製のスクリューを使用して、歯槽骨を固定源に歯牙を移動するという新しい発想を歯列矯正に用いる方法をここで学びました。
平成20年(2009)

JIADSペリオベーシックコース修了

JIADS再生療法コース修了

3 iインプラントセミナー修了

3iインプラント社のインプラントを用い、オペ術式や高度な治療などを学びました。

GORE REGENERATIVE TECHNOLOGIESセミナー修了

GORE社製のメンブレンを用いたGBRやGTRなど、そしてエムドゲインゲルによる骨を作る処置や再生療法について実習を交えて学びました。
平成20年(2008)

ストローマンインプラントセミナー修了

ITI社のインプラントを用いて、技術研鑽を行いました。
平成22年(2010)

修練会ダイアグノBコース修了

なぜ、虫歯がそこに起こったのか、そしていかに考えて治療するかを学ぶセミナーです。
深くまで掘り下げて口腔内のことを考えることに関しては恐らく日本一かもしれません。
シンプルなことですが、すごく奥が深い講習会でした。

Strauman(ストローマン)インプラントセミナー修了

ストローマン社のインプラントを用いて技術研鑽を行いました。
平成23年(2011)

ASOアライナーシステム導入コース修了

口腔模型を基に、治療用模型を作成し、口腔内へ装着し、歯列を矯正する治療方法を導入するためのコースです。
透明マウスピースがどのような症例に適したものかを勉強しました。

インビザラインシステムコース修了

による模型スキャンシステムおよび、コンピューターシュミレーションにより、透明マウスピースを作成し、それを用い歯列矯正をするという新しいシステムです。
賞状
とよつ歯科賞状
研究・発表
J-GLOBAL ID 200902200957639000
整理番号 05A0021410
タイトル(和文) チタンプレートを使用し,短期間でアングルの分類第2級を治療した1症例について
著者(所属機関) 気比洋彰
所属:カノミ矯正・小児歯科クリニック(兵庫)
片芝辰也
所属:松本歯大 独立系大学院 大学硬組織疾患制御再建学 臨床病態評科学 (矯正)
井上雅裕
所属:大阪歯科大 病院 口腔インプラント科
嘉ノ海龍三
所属:カノミ矯正・小児歯科クリニック(兵庫)
発表資料 (1件) 日本矯正歯科学会大会プログラム・抄録集
JST資料番号 (1件) L3751A
発行年 2004
巻、号、頁、
特殊号
巻:63rd 頁:292

院長 気比洋彰 これまでの軌跡

子供時代
とよつ歯科 院長 子供時代 私は大阪府吹田市で生まれ、姉と妹の間に挟まれ3人仲良く幼少期を過ごしました。
女性に囲まれ遊ぶ毎日だっため、色紙を折ったり、絵を書いたり、手先を使う遊びをよくしていました。

夏休みに出展する工作は非常に好きで、よく表彰されました。
(父親にも手伝ってもらいましたが^^:)
今思えば、歯科のような細かい作業が好きになったのも、姉や妹に囲まれ、そして日曜大工の大好きな父にいろいろ教えてもらったのかも知れません。
 
父は、外国人によく間違われる程の個性あふれる風貌で、しかも本当に英語をスラスラ話せる、身も心も、『国際レベル』な男性でした。 小学校の親子参観の時に父が教室に入ってくると皆がざわめいたことを今でもよく覚えています。

母は「文武両道」を人生の教訓とする努力と真面目の塊のような女性で、間違っていることが大嫌いな熱血な人です。
こんなにもキャラが違う二人がなぜ一緒になったのだ?と子どもながら思うことがありました。
当時両親は、共働きで、とても忙しく、兄弟3人だけで家にいることもしばしばありました。

しかし、休みの日ともなると、本当は体を休ませたいだろうに、父、母とも仕事を言い訳にせず、何とか私達と過ごす時間を作ってキャンプや海水浴などできるだけたくさんの経験をさせてくれました。
正直、「自分の子供にはここまでしてあげられないなぁ」と思える体験をたくさんさせてもらったと思います。
両親には、本当に感謝しておりますし、私の誇りです。
中学・高校時代
tyuugakujidai 中学、高校と、兵庫県にある一貫教育の男子校にお世話になりました。
「人を助けられる立派な人というのは、人よりも何事も頑張れる人だ。」という両親の教えと、 学校の教育方針が同じため、6年間もお世話になることになりました。

部活は水泳部に所属し、夏も冬もハードな練習に明け暮れました。
体育の授業も、年に1度は必ず15kmマラソンというがカリキュラムにあり、また 六甲強歩といって、六甲山の山道を20km程走るという体力を養う内容の授業が多かったです。

全国的にもスポーツに力を入れている学校であったため、甲子園でテレビに出ている球児や駅伝選手の同級生と一緒に切磋琢磨していました。
この時にできた友人は、互いに苦労もしあったので、今でも一生の宝物です。
どんな障害があろうとも、努力の継続で乗り越えるという体力と精神はこの学校で学ばさせていただいたと言っても過言では無いでしょう。
大学時代
岐阜県へ
大学時代は岐阜県の朝日大学へ行きました。 
岐阜県は、関西地方の方にはスキーや、鵜飼、鮎などの名物くらいしか頭に浮かんで来ないでしょう。 
僕もそう思っていました。
しかし、そこに住む人達は、たいへん人柄も良く、また公共の施設が非常に整備され、医療施設も充実しております。 また、なんといっても広い!! 関西のように原付のバイクはほとんど走っておらず、道路も幅が広く整備されていて、先進的な地域です。

憧れの一人暮らしをはじめ、様々な地方から入学した同級生とともに、勉強、クラブ活動、アルバイト、遊びをして共に時間を過ごしました。
休みの日には、学校の教科書にも載っているあの清流長良川が近くにあり、川へバーベキューや泳ぎに行ったりと大阪の都会では絶対に味わえない生活をしていました。

語学留学 ~カナダ、 オーストラリア、 アメリカ(アラバマ州)へ~

カナダへ
2年生の夏休みに、父親に『将来父親になって子どもができ、働きはじめたら絶対に時間もお金も無い、今暇なお前は、まず海外の空気吸うことだ。 そこでいろんな人と接し、コミュニケーションを学んで来い』 と、自分のお小遣いを僕のために貯めて行かせてくれました。
ということでそのままカナダのバンクーバーという都市にホームスティすることになりました。 
 わけもわからずに行ったものですから、最初は話せない英語を身ぶり手ぶりで話したつもりが、何を言っているのかわからないヘンテコなやつだと相手に笑われたりして落ち込んだりしましたが、ここでも努力と根性で激しいボディランゲージやジェスチャーをし続けていました。
アウトドアや釣りが好きということで、色々な『ツアー』を発信しているうち、先生やクラスメートに『おもしろいやつだ』と話題になり友人がたくさんできました。  
昔から、海外の生活様式や思想を語る父には、あまり共感を得ておりませんでしたが、実際に自分の体で経験をすると、本当に父の言っていたような、楽しさ、苦しみ、感動が現実となって自分の前に現れました。 自分の小ささをすごく理解したと同時に親の言うことは聞くもんだなぁと実感しました。

シーバスというフェリーに乗って見るバンクバーのダウンタウンの夜景や、スタンレーパークから見るライオンズゲートブリッジの壮大さは忘れられません。是非行ってみてほしいです 夏に行われる年ファイアーワークス(花火大会)は感動ものです。
photo_canada
オーストラリアへ
それからというもの、海外生活にはまってしまいアルバイトをしてお金を貯めては、大学の長期休暇を利用して、オーストラリアに行き、バックパッカーでシドニーからケアンズまでのバス旅行をしたりしました。
大きな外人が隣で殴り合いを始め、巻沿いにあいそうになったり、一人で無人島に泊まり身の危険を感じる体験をしたり、というハプニングもありました。
フレーザーアイランドという砂だけでできた天然記念島で信じられないくらい美しく、素晴らしい自然に出会ったり、アボリジニーと知り合いになり、お家に泊めていただいたり、と色々な方達と触れあう経験をしました。
最後の目的地のケアンズのショッピングモールで偶然大学の同級生に会う!?という奇跡的なこともありました。
何事も勇気を出し飛び込んで、自分の体で経験し、目的を持って行動し、結果を生む。
それが自然とその人間の深さにつながる。ということを海外留学の経験から学びました。

フレーザーアイランドにある淡水湖
1度見たら忘れられません!!

photo_australia
アメリカ(アラバマ州)へ
私の大学には交換留学制度というものがあり、試験があります。 合格すると大学が無償で交換留学をしてくださるという素晴らしい制度がありました。
見事試験にも合格し、アメリカのアラバマ州バーミンガムへも行かせていただきました。
ここでは、日本と同様アメリカの歯科大学で、実際に臨床をしている先生のアシスタントをしたり、あちらの学生の皆様にアメリカの歯科事情や最新の技術の講義を聞かせていただきました。
この時は、同じ大学の同級生や姉妹校の明海大学の同期の方達とも一緒に海外研修をしました。僕にとってもいい友達に出会えた、大切な思い出です。


〈アラバマの大切な仲間たちと〉
このようにいろいろ経験させていただいた大学、そして先生方には頭が上がりません。


猛勉強
大学の前半は、このように自由奔放に過ごしていましたが、大学後半になると、状況は一転、勉強、課題、実習の繰り返しと内容の濃いものとなっていきました。
特に、後半の1年間は、めっちゃ勉強する、ごはん食べる、少し寝る、そしてひたすら勉強する。というサイクルの生活でした。
試験勉強の本も付箋だらけになり、まるで「ライオンのたてがみ」状態になっていました。
〈ライオンのタテガミのような参考書〉
なかなか覚えられないことは、壁に貼って勉強するようにしていたのですが、自宅の壁だけでなく トイレの壁、風呂場の壁にまでびっしりと覚えないといけない項目を貼り、まるで『耳無し芳一』状態でした。
海外留学の時にできた現地の消防士の友人に勧められて買ったすごく頑丈ででっかいリュックサックを満タンにしながら、大学の講義に出ていたため、周りの人の目には『変なガリ勉くん』か『現代版、リアル二宮金次郎』に映っていたことでしょう。 (^_^;)

そのおかげか成績は上位をキープできるようになりましたし、今でもその知識は大変役に立っています。

就職活動
大学受験と同じで、歯科医師に実は、いくつもの進路というものがあります。
◇大学に残って上を目指す者
◇大学院に行って専門の研究する者
◇町にある普通の歯科医院に勤務すること
◇大型の病院に勤務すること

大学の中盤頃には、この進路を考えておかなければなりません。
その当時、両親が歯科医でもない僕は、正直進路のこともあまり考えずにいました。
ただ、どうせ歯科医になるなら「困っている人を助ける。」だけでなく
「さらに笑顔になるほど人を幸せにしたい。」 という目標があった僕は、『矯正治療ができるようになる』が一番性に合っていると思いました。
当時、大学病院や先輩方に紹介をしてもらいいろいろな診療科目を見学に行きました。

どの診療科目で治療を受けておられる患者様も、治療後には笑顔を見せてくれていました。
その中で一際目立っていたのが、矯正治療を受けに来ていた患者様でした。

矯正治療とは、簡単に言うと『歯並びを治す治療』ですが、1日や2日ですぐに治って、「はい、おしまい。」という治療ではありません。
装置を歯につけて動かすと多少痛みも生じますし、動かしても1か月に1mmほどしか歯は動きません。 
そのため年単位の期間が必ずかかります。 しかも同じ先生がずっとその方の治療をするのです。

何回か矯正科に見学にお邪魔したある日、偶然見学に行った日が、矯正装置を外す予定の患者様が来られていました。
もともと担当の先生と一緒に長い期間かけて、治療を受けられているので、患者様と先生は友達のような感じで、笑顔で挨拶をしていたのがとても印象的でした。

そして、装置を外した後の患者さんのその時の、「わぁ~、すごいきれい!!」という言葉と同時に『あふれる笑顔』が今でも忘れられません。
長い間同じ患者様と向き合え、一緒に悩み、相談して、その方の最高の笑顔を見られる。 というその光景を目の当たりにした僕に決断の余地はありませんでした。

それからというもの、たくさんの矯正専門医院や、大学病院を見学させていただき、最終的にいきついたのが、兵庫県姫路市にある「カノミ矯正・小児歯科クリニック」でした。
修業時代 ~兵庫県へ~
姫路へ
兵庫県姫路市にあるカノミ矯正・小児歯科クリニックは、大きなビルの歯科医院でした。
矯正科だけでなく、小児歯科、矯正歯科、一般歯科(虫歯治療、歯周病治療、入れ歯、インプラント治療)があり、毎日たくさんの患者様が来院されており、本当に大きな病院でした。


 院長は世界的にも有名な歯科医で、遠くより新幹線や飛行機で来院される方もおられる最高の医院でした。 院長は学術的にも、技術的にも、人柄的にも素晴らしい方でした。
入社後は、歯科治療における資料に大切であること。それがあるから正確な診断ができ、最良の治療ができる。 この重要性を仕事をしながら覚えさせていただきました。


正確な精度で採得された資料をもとに、多くのプロフェッショナルの先生方と共に夜遅くまで診断会を行い、討論を行い、皆で考え抜かれた診断をもとに患者様に治療をさせていただいておりました。
先輩の先生方、衛生士さんにも大変お世話になりましたし、クリニックがチーム一丸となって患者様に最高の治療を提供できていました。


大きな病院では、たくさんの患者様を抱え込むと同時に、会社としての大勢の従業員を雇用するということで、一人のちょっとしたミスが多くの人に迷惑をかけてしまうということから、その管理には大変だったに違いないと思います。


嘉ノ海先生には
「どんな内容でもルーティーンワークで仕事をしてはダメだ。」
「僕らは、大きな船に乗っている船員だ。 一人でも責任を持っていない船員がいると、皆が危険にさらされるし、困っている患者様も助けることはできない。
君が独立して将来院長になっても必ず同じような考え方が来る。いつになっても自分の軸をブラさずに進むんだ。」と時に激を入れられることもありました。

今でもあの言葉が良い教訓になっております。

体力に自信があった私ですが
ある日、かわいい子供の患者さんを抱っこした時でした。『グキッ!!』 と腰の方から不気味な音が出たとともに、声をあげてしまう程の突然の激痛とともに腰から砕けてしまいました。
「腰椎椎間板ヘルニア」の急性症状でした。 学生時代体が硬いのにも関わらずテコンドーをしていた時に患ったヘルニアが最悪の状態で再発してしまったのです。
足に麻痺が残る程の後遺症を残し、これ以上長期休暇をかけ、ご迷惑をかけることができないという考えに至り、レベルの高い仕事にようやく慣れてきたクリニックを去ることになりました。

リハビリとトレーニングの甲斐あって、幸い後遺症は残らず、今では両足でしっかり歩くことができる状態に戻っております。
修業時代 ~大阪編~
大阪へ
傷心のまま大阪の実家に戻り、リハビリしていた僕に、大学時代の同級生から「大阪の矯正専門医院でよかったら一緒に仕事をしないか?」というお話しをいただき、その矯正専門医院にてお世話になることとなりました。


院長は人望が厚く、情があり、また、いろんな先生方のお話を聞く機会をいただきました。
また同じ大学の先輩方がたくさんおり、多くのことを教えていただきました。

矯正治療の中にはいくらかの歴史と流派があり、今でも治療方法が分かれております。
そのため、歴史も学ばなければいけませんし、広い範囲で理解しなければなりません。


また先に述べたように治療期間が長いため、同じ患者様を長い期間見て治療しなければ矯正歯科医としてのレベルも上達するとは言えません。(他のページでも矯正治療の素晴らしさや重要性は説明しますね。)

僕の直属の上司の先生は、日本でも有名な先生に師事された先生で、矯正治療に誇りと責任を持つ素晴らしい先生でした。
今の人達には少ない職人気質な先生で、「見て覚えろ」「治療に飢えろ」「一生患者様の面倒を見るつもりで治療に望め」ということを常々僕におっしゃり、本当にいつも先生の後ろから忍者のようにへばりつき患者様への治療を見ていました。

◇なぜ今その治療をしたのか?
◇何を考えてこの装置を使っているんだろう?
◇最終ゴールはどういうかみ合わせを目標にしてるんだろう?
◇この方法はどういう流派の先生の考え方を取り入れているんだろう?

といつも疑問を解決するために、患者様のカルテをノートに書き写し、ファイルを作り、休みの日は本を読み、私財を投入し、講習会に行きました。
尊敬する上司の治療センスと 努力の甲斐もあり、数年経つと、矯正治療の流れやテクニックが見えてきたように思えました。


~先輩の言葉~
数年が経ち、自分もそれなりに患者様に矯正治療を提供できるようになってきたと思ってきた頃、ふと歯科医師の先輩に言われました。
「おまえは、歯並びしか見てへんやろ。まだまだ狭いぞ。お前のやってることは。」
その言葉が僕の心にグサっときました。確かにその頃の僕には、歯を並べて見た目をきれいにすることが、矯正治療であることだと思っていました。


矯正治療を受けている方、矯正治療を経験された方にこのような方はおられませんか?

◇装置を外した後に大きな虫歯ができた。もしくはできていた。
◇矯正治療が終わって、メンテナンスに行った医院で「このかみ合わせ、治ってませんよ」と言われた。
◇矯正治療が終わってちゃんとリテーナーをしてるのに、すぐに後戻りしてきた。
◇矯正治療が終わった後に行った歯医者に「歯周病になっているからこの歯は抜かないといけません
◇ある日突然歯の色が黒っぽくなってきた。

それは、全てが矯正治療による弊害というわけでは決してありませんが、その予兆を判断するには、虫歯、歯周病、抜歯などの処置や診断、そしてなによりも経験がなければなりません。


自分なりには専門書を読み、理解をし、虫歯治療や、歯周病、歯を失った方への治療方法に関しても勉強していたつもりでした。
しかし、人生と同じで、本や机上の勉強だけでは表現できないことが、現場にはあります。
実際に虫歯が治せて、歯周病治療ができて、おやしらずの抜歯ができないと、そのあたりの改善はできません。
先輩のその言葉に後押しされ、今やっている矯正治療をより精度を高めるために、思い切って別の世界に飛び込むことにしました。
修業時代 ~大阪編2~
約10数件ほどの歯科医院見学をし、たくさんの院長先生の声を聞かせていただきました。
「有名で最先端のレベルの高い治療を目指す医院」
「患者さんをたくさんみることに情熱をかける医院」
「患者様へのおもてなしなどに配慮をしている病院」
「根の治療に髙いレベルで向き合っている医院」
「インプラントという治療を極めている医院」
「全国に何件も分院をもつ歯科医院」
色々な思いを持たれている先生方に会わせていただきました。


そんな中、出会ったのが私の最後の勤務先でした。

初めて見学に行かせてもらった時に、「うちはな、、どんな治療方法でも自分や、自分の家族にしてあげたい治療を目指して治療をしてるねん」という言葉を聞きました。


今、みなさんもご存知のように、歯科医療は、保険点数の低下や医院の増加により、経営難に陥ることを恐れ、こんなことを考える医院があります。

◆いかに材料経費を抑えるか
◆いかに宣伝をしてたくさんの患者様に来てもらうか?
◆高額な治療内容を患者様に選んでもらうように勧める

※全ての医院がそうではありませんので何卒誤解しないようにお願いします。


本当に良い歯科材料と最先端の治療技術で、患者様のトータルバランスを考え、

その患者様にとって、最も良いと思ってもらえる治療を施し、

それが『外れたり、抜けたり、壊れたり』せず、本当に長持ちする

そんな治療をこの医院で学びました。


これって、当たり前のようで、本当に難しいことなんです。

そして、歯科医師はこうあるべきなんです!!


『自分や自分の家族にしたい治療をする。』


この言葉を当院の医院理念のひとつにさせていただきました。
6年間も勤務させていただき、たくさんのことを学ばせていただきました。



まとば歯科の仲間たちと
より地域の方に喜ばれるクリニック創りに向けて
歯医者は『歯を治す』のと『掃除をしにいく』ところ。
というのが患者様のほとんどの本音だと思います。


せっかく当院に来院してもらえるのなら、そんな当たり前のことだけでなく、
もっと歯科医院でできることを知ってもらい、新たな発見や感動をしてもらいたいと思います。

また、私達もそのような場を提供できるように努めたいと思います。


「痛みだけをとるんではなく、通って治さないといけない」
「定期的に治療に通いたいけれど、仕事は夜も遅いし、抜けてくることなんか無理だ」
「子どもが手が離れておらず、歯医者に一緒に連れて行くのに気が引ける」


本当は行かないといけないと思っていても歯医者さんに行けない理由は、
たくさんあると思います。

お忙しい方でも、仕事帰りや、休みの日に通える、より身近な歯科医院
子育てが大変なお母さんでも気軽に通ってもらえる歯科医院
お年寄りや体の不自由な方でも、楽に入っていける歯科医院
子どもの頃から通いなれていて、歯医者さんに行くのがどちらかというと、
楽しいと思っていただける歯科医院

になれればと思います。

大好きな生まれ育ったこの吹田の町で自分達のできる限りの歯科医療を提供していきたいと
思っております。

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